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生きるものさしづくり

図書とか、山暮らしとか、思考の整理とか、時々お金との付き合い方とか。

悪意にいかに立ち向かうか 僕のメジャースプーン/辻村深月さん

できるだけネタバレしないように、

感じたことを書き留めておきたいと思います。

 

ぼくのメジャースプーン (講談社文庫)

ぼくのメジャースプーン (講談社文庫)

 

 

「ぼく」の不思議な力

いちばんのキーは、この「力」です。

超能力やスタンド、念などではなく、

強い言葉を発することによって

出現してしまう力。

どんなものかは

読んで確かめてもらいたいのですが、

この設定が本作のキモです。

 

現実世界でこの力はあり得ない(と思います)が、

言葉が自分や相手を縛ってしまうことは

現実世界でもしばしばあること。

 

言葉は祝福にもなるし、

呪いにもなる。

 

絶妙なラインをつきながら、

悪とは、復讐とは、自己犠牲とは

そんなテーマが浮かび上がってくる小説でした。

 

とくに

同じ力をもつ先生との対話。

 

禅問答のように繰り返される言葉のやりとりが

ずっしりと心に入ってきます。

 

 

今の社会と照らし合わせて

少し話しがそれますが、

資本主義経済が幅をきかせるようになり、

人はどんどん欲深くなっているように思います。

 

それは金銭が絡む問題だけでなく、

どんな発言や行動をするにしても

「そうすることでどんな利益が自分にあるのか」

を前提に考えてしまう風潮が

強くなっているように思います。

 

モンスターペアレンツクレーマー、ネットの炎上などが

そのわかりやすい例だと思うのですが、

今では小学生や中学生もこの考え方が浸透しているようです。

授業を受けることでどんなメリットがあるのか

具体的に明示しろ。さもないと、授業は受けないぞ、とか。

何かを声高に主張することで自分の利益を最大化したり、

相手を必要以上にやり込めることで感情を満たしたり、

自分の利益を最優先する考えが浸透するにつれて

なんだか

社会全体がぎすぎすしてきているんじゃないかなぁと。

 

これはニアリーイコール

「相手のことをまったく想像しない」

ということだと思います。

 

犯罪の理由としてよくニュースにもなりますが、

むしゃくしゃしていたからとか、

面白かったからとか

とくに理由がない

なんてこともあります。

 

相手のことを一切考えず、

理由なく悪意を振りまける人間に対して、

臆病で力のない人間はどのように対応していけるのか。

僕も時折考えますが、

答えは出るはずもなく。

(いい答えがあったら教えてほしい)

 

そんな人に出合ったら関わらない

そんな消極的な解しか今のところ思い付きません。

 

本書のなかで、

復讐するためには、

復讐する相手の人生に積極的に関わっていく

覚悟がなければいけない

といった内容にハッとしました。

 

復讐する相手に対しても

相手のことを想像する行為を強いる

というのはかなり厳しい考え方にも思います。

 

キリスト教の左ほほをぶたれたら〜

というのと根っこは同じこと。

 

そんな度量、今の自分には悲しいかなありません。

 

彼の復讐がどのような結末を迎えるのか、

それはぜひ読んで確かめてみてください。

 

 

辻村さんの作品は2つめ。

初めて読んだのは下記です。

 

凍りのくじら (講談社文庫)

凍りのくじら (講談社文庫)

 

 

どちらもかなりの文量で、

ずっしりと重いテーマを含みながら、

読み口は重くなりすぎず、

しっかりと読ませきる力が抜群です。

 

また、

復讐や悪意に立ち向かうというところで

思い出すのはこの当たり。

 

さまよう刃は、本当に読み進めるのがつらくなるほど

身につまされる復讐の物語。

 彼の行動は、もちろん法にさばかれるものです。

ですが

法でさばくことができれば

必ず人の感情を満たすわけもありません。

もし、自分が同じ立場だったら

同じことをするかもしれない。

 

さまよう刃 (角川文庫)

さまよう刃 (角川文庫)

 

 

伊坂幸太郎作品も

悪意に立ち向かう

というのが大きなテーマになっていると思います。

 

個人的になんだかマリアビートルが気に入っていますが、

どの作品もはずれがないです。

 

 

マリアビートル (角川文庫)

マリアビートル (角川文庫)