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生きるものさしづくり

図書とか、山暮らしとか、思考の整理とか、時々お金との付き合い方とか。

どうして本を読むのかと本を読むルール

という問いを考えてみた。

 

ざっくりとまずは、

読みたい

という欲求がある。

 

ただ、それは、

もっと細分化できるはずだ。

 

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柴田錬三郎賞のおすすめ

世の中にはいろんな文学賞がありますが、

賞をとったからという理由で手にとっても

あまり自分に響かなかったりするので、

何となく当てにできない印象があります。

 

文学賞の多さにもびっくりして

何がいいのかわからないというのも

ありました。

 

ただ、

調べてみたら新しい発見があるのでは、

とは常々思っていて、

だけどなかなか行動に移せませんでした。

 

そんなとき、

入院中に

別の患者さんに

隆 慶一郎さんの『一夢庵風流記』を

貸していただき

第2回柴田錬三郎賞受賞という言葉から、

この賞を調べてみました。

 

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いかに読んでよかった!と思える本と出合うか

この世界にはたくさんの本があります。

いまこの瞬間にも

たくさんの本が出版されている。

(最近の本は、

タイトルばかりで中身が薄っぺらく、

読んでも後悔しかない本もあります)

そんな本は外すにしても、

とてもではないですが、

短い人生のなかですべてを読み尽くすのは

むずかしい。。

なんともはがゆい話しですが、

時は有限。

 

若い頃は衝動や時々の流行に合わせて

無自覚的になんとなく本を読んでいました。

いま考えると本当にもったいない過ごし方をした!

と自責の念にかられますが、

どうすることもできません。

 

30才を超え、

人生の有限性を強く意識するようになり、

読む本を選ばなければならない、

というなかば強迫観念めいた思いが

生まれてきました。

 

 

どうやって本に出合うか

そこで、

いま実践し始めている方法がふたつ。

 

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ブログの文体について

ブログを書いていくときに

決めかねていることがひとつ。

 

文体を「ですます」体にするか、

「である」にするか。

 

いまのところ、

「ですます」体を使っていて、

その理由はひとつです。

 

こちらのほうが

見てくれる人を想定した文体

だと思うからです。

 

ただ、

他のブログを拝見させていただくなかで、

「である」体が率直かつ熱のある

書き方ができるのではないか、

と思ったりもしていて。

ちょっと、独り言感も出てしまいますが。

 

「ですます」体であると

丁寧ですがちょっと距離を感じるかも

と思ったり、

なかなか気持ちのうえで定まっていません。

 

どちらにせよ

内田樹さんが

「街場の文体論」のなかでおっしゃっているように

「情理を尽くして相手に語りかけること」

ここからしか、

相手に届くライティングをすることは

できない。

 その言葉にとても感銘を受けましたし、

その通りです。

 

ブログは、

自分の記録として

機能させていくことはもちろんです。

 

ただ、

それだけでなく、

具体的な相手を想像しながら、

どうしても伝えたいこと、

わかってほしいこと

をしっかりと文章化して

アウトプットしていきたい

というのも偽らざる気持ちです。

 

まだまだ

書き慣れていないこともあり

ひとつひとつに時間がかかるうえに

内容が精緻なものになるどころか

書き散らしているというのが正直なところ。

ですが、

技術の向上はもちろん、

ハートを伝えていく部分も

(というかむしろそっちのほうを)

ブログを通じて

磨いていきたいと思っています。

 

また、

内田樹さんの本については、

もう少し詳しくまとめたいな

と思っています。

 

とにかくコツコツ書き続けていきます。

悪意にいかに立ち向かうか 僕のメジャースプーン/辻村深月さん

できるだけネタバレしないように、

感じたことを書き留めておきたいと思います。

 

ぼくのメジャースプーン (講談社文庫)

ぼくのメジャースプーン (講談社文庫)

 

 

「ぼく」の不思議な力

いちばんのキーは、この「力」です。

超能力やスタンド、念などではなく、

強い言葉を発することによって

出現してしまう力。

どんなものかは

読んで確かめてもらいたいのですが、

この設定が本作のキモです。

 

現実世界でこの力はあり得ない(と思います)が、

言葉が自分や相手を縛ってしまうことは

現実世界でもしばしばあること。

 

言葉は祝福にもなるし、

呪いにもなる。

 

絶妙なラインをつきながら、

悪とは、復讐とは、自己犠牲とは

そんなテーマが浮かび上がってくる小説でした。

 

とくに

同じ力をもつ先生との対話。

 

禅問答のように繰り返される言葉のやりとりが

ずっしりと心に入ってきます。

 

 

今の社会と照らし合わせて

少し話しがそれますが、

資本主義経済が幅をきかせるようになり、

人はどんどん欲深くなっているように思います。

 

それは金銭が絡む問題だけでなく、

どんな発言や行動をするにしても

「そうすることでどんな利益が自分にあるのか」

を前提に考えてしまう風潮が

強くなっているように思います。

 

モンスターペアレンツクレーマー、ネットの炎上などが

そのわかりやすい例だと思うのですが、

今では小学生や中学生もこの考え方が浸透しているようです。

授業を受けることでどんなメリットがあるのか

具体的に明示しろ。さもないと、授業は受けないぞ、とか。

何かを声高に主張することで自分の利益を最大化したり、

相手を必要以上にやり込めることで感情を満たしたり、

自分の利益を最優先する考えが浸透するにつれて

なんだか

社会全体がぎすぎすしてきているんじゃないかなぁと。

 

これはニアリーイコール

「相手のことをまったく想像しない」

ということだと思います。

 

犯罪の理由としてよくニュースにもなりますが、

むしゃくしゃしていたからとか、

面白かったからとか

とくに理由がない

なんてこともあります。

 

相手のことを一切考えず、

理由なく悪意を振りまける人間に対して、

臆病で力のない人間はどのように対応していけるのか。

僕も時折考えますが、

答えは出るはずもなく。

(いい答えがあったら教えてほしい)

 

そんな人に出合ったら関わらない

そんな消極的な解しか今のところ思い付きません。

 

本書のなかで、

復讐するためには、

復讐する相手の人生に積極的に関わっていく

覚悟がなければいけない

といった内容にハッとしました。

 

復讐する相手に対しても

相手のことを想像する行為を強いる

というのはかなり厳しい考え方にも思います。

 

キリスト教の左ほほをぶたれたら〜

というのと根っこは同じこと。

 

そんな度量、今の自分には悲しいかなありません。

 

彼の復讐がどのような結末を迎えるのか、

それはぜひ読んで確かめてみてください。

 

 

辻村さんの作品は2つめ。

初めて読んだのは下記です。

 

凍りのくじら (講談社文庫)

凍りのくじら (講談社文庫)

 

 

どちらもかなりの文量で、

ずっしりと重いテーマを含みながら、

読み口は重くなりすぎず、

しっかりと読ませきる力が抜群です。

 

また、

復讐や悪意に立ち向かうというところで

思い出すのはこの当たり。

 

さまよう刃は、本当に読み進めるのがつらくなるほど

身につまされる復讐の物語。

 彼の行動は、もちろん法にさばかれるものです。

ですが

法でさばくことができれば

必ず人の感情を満たすわけもありません。

もし、自分が同じ立場だったら

同じことをするかもしれない。

 

さまよう刃 (角川文庫)

さまよう刃 (角川文庫)

 

 

伊坂幸太郎作品も

悪意に立ち向かう

というのが大きなテーマになっていると思います。

 

個人的になんだかマリアビートルが気に入っていますが、

どの作品もはずれがないです。

 

 

マリアビートル (角川文庫)

マリアビートル (角川文庫)

 

 

 

 

 

これからの人生がちょっとだけ充実する方法

人との出合い、読んだ本、体験、ハプニング…。

 

あ、あのときたしかに人生変わったな、

と後から振り返って思うことがらは、

そのときに劇的に人生が変わるわけでなく、

その外部刺激がじわじわと自分のものになっていき、

結果、じわじわとその後の方向性が変わってくのでは、

ということを考えています。

 

そのきっかけは

今日理学療法士の先生と話しているなかで出た

「一回姓」という単語。

取り返しがつかない一度きりの出来事、

人生を変えるほどの出来事。

一回性(検索したら結城浩さんのブログが出てきました)

 

 

僕が人生変わったなと思う出来事

改めて思い返すとこれってのがなくて

平々凡々な人生だなと、ため息をついてしまいますが、

やはり節目節目がその出来事になる場合が多いですよね。

 

僕の場合、

大学卒業後、院に進むか就職するか

この選択が大きく人生を変えました。

 

夏頃まで院に進むことを考えていましたが、

なぜか就職活動を思い立って始めました。

(その理由がどうしても思い出せない)

年明けから何十社も受けている同期がいるなかで

僕が受けたのは一社だけ。

 

とんとんとんと話しは進み、

無事にその会社に入ることになりました。

 

当時の採用担当の方と話していて

共通して思っていたのは

「タイミング」。

なんだか互いに引き寄せられているような

感覚があったようにも思います。

 

今では退職していますが、

本当にいい会社で、

気持ちのいい方ばかりの職場でした。

 

地方に移住しようと決意したのも

この会社に入ったことが一番の要因です。

 

地方メーカーや農家の方への取材を通じ、

地に足をつけて生きること、

不自然な生き方をしないこと

自分の芯をまっすぐに信じること

いろんなことを教えてもらうことができました。

 

ただ、時々で

「あ、ここが人生変わったポイントだな」

と思うことはもちろんなく、

選択をしてから実際に歩んでいくなかで

人生の方向性は形づくられていったのでしょう。

それを考えると

なんだか不思議な心持ちになります。

 

これから先も、

振り返って

「ああ、あのとき僕の人生は変わったんだな」

と思い返す出来事にでくわしていくでしょう。

願わくば、

その出来事と丁寧に向き合って、

後悔のないように進んでいけたら。

 

自分の人生変わったタイミングを考えていたら、

なんだか過去の自分がいとおしくなってきます。

「曲がりなりにもなんとかここまで生きて来れたな」

という感慨と

「ダメなことたくさんあるけど、がんばっているじゃないか」

というほんの少しの自己愛。

折りに触れて自分のこれまでを振り返ると

これからの人生がちょっとだけ充実するような気がする。

ぜひ、試してみてはどうでしょうか?

 

人生を変えた本も

しっかりと振り返ってみたいな。

それは、また別の機会に。

入院してわかったこと

こんにちは chibaです。

 

この前の記事でも書いたように

入院したことがきっかけで

このブログを始めることが出来ました。

 

teiku-hikou.hatenablog.com

 

入院して改めてわかったことがあり、

これはぜひ書き残しておきたい。

 

当たり前の内容が並びますが、

かなり、実感がこもっています。

今、健康で普通に暮らしていらっしゃる方に

ぜひその幸せをかみしめてもらえたら。

 

事故の原因は何だったの?

今回、僕が経験したのは自損事故。

正直なところかなり情けない事故でした。

ただ、状況はかなりやばかった。

 

僕が乗っていた箱バン

かなり古い型でいろんな所に

ガタがきています。

 

サイドブレーキは半分壊れていて、

メーター類も故障中。

左のサイドミラーはつぎはぎだし、

この前はエンジン周りも修理しました。

 

そのサイドブレーキ

今回の事故の要因。

 

ほんのゆるやかな坂に

タイヤに石をかませて駐車。

しばし作業をした後、

エンジンをかけた状態で

かませた石をどけてしまいました。

 

そしたら

あれよあれよと車が動き出してしまい、

反射的に車を止めに入ってしまったんです。

 

ぐいぐいと押されて気付いたら

後のガードレールと車に挟まれていました。

 

ガードレールの下は

崖と言ってもいいくらいの高低差。

落ちたら確実に即死だったでしょう。

 

 

危険はすぐそこにある

当たり前のことですが、

人はいつか死にます。確実に。

そして、割と簡単に死ぬってことを

今回の事故で体感しました。

 

いつ事故や病気になるかなんてわかりません。

僕も車に挟まれるまで

自分が事故を起こすなんて思ってもいませんでした。

日常がつつがなく続くと思っていた。

 

でも、

そんなことはありませんでした。

 

つい車を止めに入ってしまいましたが、

いちばん大切なのは自分の身体。

車なんてほっておけばよかったんです。

 

林業をやっている方に

「必ず一番に自分のことを考えろ」

と移住してすぐに言われていたのに、

つい身体が動いてしまった。

そのことの重大さを思い知る事故でした。

 

 

事故って頭を巡ったこと

瀕死にはいたりませんでしたので、

走馬灯は巡りませんでした。

 

まず思ったのは人。

奥さん、周りの住民の方、家族、、

自分を取り巻く人たちに

本当に申し訳ない、という気持ちが

あふれんばかりに湧いてきました。

 

次に考えたことは、仕事。

あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ

あれはどうしよう。。。

考えればきりがありません。

 

そして、最後に自分のこと。

本当に痛くて、

後遺症が残ったらどうしよう

歩けなくなったらどうしよう。

そんな悪い想像がぐるぐると

頭を巡りました。

 

 

入院、そして、、、

病院に運び込まれて緊急治療。

骨盤部分を強打していて、

内蔵や泌尿器科の損傷や

内部での出血の危険性がありました。

 

結果は、

4カ所の骨盤骨折のみ。

 

本当に不幸中の幸いでした。

内蔵が傷ついていたら。出血していたら。

もっともっと大変なことになっていたでしょう。

 

今回ばかりは自分の運の悪さと良さとに、

驚き、そして感謝しました。

 

病院での生活は快適ですが、

生温い地獄のようなもの。

1週間ほどは寝たきりで

身体を起こすことはもちろん、

動かすことさえ出来ない状況でした。

発狂するかと思うほど時間が長く、

精神と時の部屋の現実バージョンのように

感じました。

(何か修行できればよかったのですが、、)

 

現在は車いすに乗りながら

歩行の練習も始めていて、

順調に回復しています。

 

本当にいつ、どこで、どんな

事故や病気などになるかわかりません。

 

常に自分がそうなる可能性がある

ということを強く自覚しておくことは、

いざというとき、

その災厄を回避することになるかもしれません。

 

そして、改めて健康の大事さを痛感し、

傷が治癒した暁には、

健康維持、ではなく健康強化

を行っていくことを決意しています。

 

そしてそして

これがいちばん重要です。

 

自分は

今までいつ死んでもいいと思ってました。

むしろ、早死にの方が楽でいいか、くらいに。

 

ただ、

事故をして頭をよぎるのは後悔ばかりです。

 

そんなことないに越したことはありませんが、

万が一そうなってしまう可能性を考えて、

家族や友人、自分を気にかけてくれている

人たちにとって、

常に後悔のない接し方をしていきたいと

心に決めております。

 

下記はどちらも事故ではなく病気ですが、

大切な人を残していかなければならない

その思いを自分に感じさせてくれた

大切な本です。

 

 一日での長く健康に生き、

コロリと死ねたら最高の人生ではないでしょうか。

めざせ、ピンピンコロリ。

 

明日の記憶 (光文社文庫)

明日の記憶 (光文社文庫)

 

 

 

その日のまえに (文春文庫)

その日のまえに (文春文庫)